「肥満と飢餓−世界フード・ビジネスの不幸のシステム」 ラジ・パテル著 その2

肥満と飢餓――世界フード・ビジネスの不幸のシステム
ラジ・パテル
作品社
売り上げランキング: 130971
「肥満と飢餓−世界フード・ビジネスの不幸のシステム」 ラジ・パテル著 その1

  • 第1章 崩壊する農村、自殺する農民

私たちに食料が届けられる手段が制約を受けていることを理解するには、農業が受けてきた被害と、フードシステムが、以前とはまったく違った食料の流通形態をもたらしている現実を直視する必要がある。


世界人口の過半が暮らすようになった都市が、農村のあり方を規定している。 しかし農村もまた、これまでも都市を規定してきたし、今も都市のあり方を制約している。 このフードシステムの悪いところをあげれば切りがないが、たぶん最も広範に影響を与えているのは、人々の想像力を支配している点だろう。


著者はインドの農村を例にあげる。 「緑の革命」のメッカであるパンジャブ州では、1995年から96年にかけて農民の3人に1人が「破滅と生存の危機」にさらされたと国連報告に述べられ、インド農業のすばらしい未来がかかっていると鼓舞された「緑の革命」によって成功を約束されたはずの農民たちの悲しい最期だとインドの新聞は報じた。 最新のデータでもパンジャブ州の自殺率は急増しているとある。

もちろんインドの貧しい農民が、すべて自死を選んでいるわけではない。 自殺するかわりに腎臓を売る農民たちもいる。 マハラシュトラ州アムラヴァティ地方のシンガプール村では、農民たちが「腎臓販売センター」を設立するまでとなった。 ある農民はこう述べている。 「私たちは腎臓販売所の落成式に、首相と大統領を招待しました。 私たちには、腎臓以外に売るものがないのです。」


シンガプール村以外でも多くの村人が自らの体を売り物にしている。 土地なし農民のなかには飢餓の脅威にさらされる人々も出てきた。 海の向こうのスリランカでも同じような事態が発生し、中国でも1996年から2000年の間に自殺した人を調べたところ、農村の自殺率は都市のそれの3倍であった。 


農民の自殺は貧しい国に限らない。 オーストラリアでも農村の自殺が急増し、英国では、あらゆる職種のなかで農業従事者の自殺率が最も高い。 米国では1980年代の農業危機の際に多くの自殺者が出た。 オクラホマ州精神保健局の地域プログラムマネージャーは、「多くの農民にとって、農地を失うことや農業に失敗することは、愛する者を失うよりもつらいことなのです。 曾祖父の代から受け継いできた農地に『公売』の立て札が立てられるとき、彼らは罪悪感に押しつぶされてしまいます。」と語った。

インドでも米国でも、自殺する農民が借金苦に陥っていることは共通する。 インドでこの現象を調査した、パンジャブ大学経済学部のS.S.ギル教授は、こう語っている。 「5エーカー(約2ヘクタール)の農地を所有し、15万ルピー(3400ドル)の借金を抱えている農民がいたら、彼は将来、間違いなく自殺すると断言できる。」


インドのこの状態の背景には自由市場経済への移行がある。 著者は「自由市場は、厳しい状況に追い込まれた農民には、支援も再分配も行わない。」という。 私は経済の変遷について詳しくわからないが、農民が自死まで追い込まれたり、腎臓販売所をつくるようになるようなシステムは欠陥があると思う。 私たちは、弱い立場の人にしわ寄せが行くように出来ているシステムの中で生活している。 インドだから、中国だから関係ないわけではもちろんない。 日本にはどれほど多くの輸入食品・食材が入って来てるかと考えれば、私たちも深くこのシステムにかかわっている。 意図的ではないにしても、このシステムの中で食料を買うことで、システムを維持させてしまう面があると思う。 


フェアトレードなどが登場し、生産者に本来払うべき対価を払おうという運動も起こってきた。 フェアトレードで何か買おうとすると随分高く感じるが、これがまっとうな値段であり、今スーパーに並んでいる食品の値段が異常なのだと思う。