ソマリアの海賊と自衛隊派遣

マガジン9条

在日ソマリア人、ブルハン・ハーシーさん談(2009年)

  • 「海賊」の正体

今、世界から「海賊」と呼ばれているのは、ソマリアの漁民たちのことです。 もともとソマリアの海は、「アフリカのアマゾン」と呼ばれるぐらい豊かな水産資源に恵まれています。 ソマリアの海岸線はとても長く、3300キロ。人々は豊かな海の恩恵を受けてきました。


しかし20年ほど前から内戦がはじまると、ソマリア沿岸警備隊が無くなってしまった。 するとこれを良いことに他の外国がソマリアの海へやってきて、水産資源を乱獲し始めたのです。 名前を挙げるとアジアだと台湾、韓国・日本・タイ・インド・インドネシア。あとフランス・ロシア、エジプト・ノルウェイ…。もう世界中!


これら外国からの船がみんな魚を捕って逃げてしまいます。 ソマリアの漁網などの漁具も破壊してしまうんです。 ソマリアの漁民は小さな船しか持ちませんが、かれらは大きな船でやってきて、ぜんぶ捕ってゆく。 外国船は武器を持っていて、抗議するソマリアの漁師を撃ちました。 それでソマリア人は怖くて海へ入れなくなりました。

  • 外国の密漁船による乱獲

4億5千万ドル。 これは一年でソマリアから「泥棒」されるマグロの総額です。 わかっているだけで、それもマグロだけで、です。 だから実際は、魚介類全部で8億ドルぐらいあってもおかしくないと見ています。


もうひとつ、ケニアの東に浮かぶセイシェル諸島は、インド洋のマグロが水揚げされ、空輸される基地になっています。 ここはマネーロンダリングならぬ魚ロンダリングが行われていて、ソマリアで捕れたマグロもここから空輸されれば産地がわかりません。


インド洋マグロ類委員会(IOTC)のレポートによれば、セイシェルにおけるマグロ水揚げ額は去年、前年比34億ドルもマイナスになりました。 「海賊」を避けて、外国の漁船がソマリアに入らなかったからです。 ということは、この額を今までソマリアで密漁・乱獲されたマグロの額として見ていいのではないでしょうか。

  • ウラン・カドミニウム・医療廃棄物

これだけじゃありません。密漁・乱獲に加え、外国船による有害な廃棄物投棄が深刻です。 単なるゴミではなく、例えばウランやカドミウムや医療廃棄物など。これをソマリア沖に外国が投棄してゆくんです。


理由は安いから。ソマリアの海なら投棄に1トンあたり250円で済みます。 ヨーロッパだと一トン25万円。 そういう取り決めがありました。 ソマリアの海岸線では、皮膚病・がんや、鼻とか口から血を流して死んだりなど、たくさんの死者がでました。 300人は死んでます。 ソマリアは国連等に問題を訴えましたが国連は動きませんでした。「証拠が無い」というのです。 ソマリアにはテクノロジーが無いので、調査したくとも、海に沈んだ廃棄物を引き揚げる力もありません。


ところが2004年のクリスマス後に起こったスマトラ沖地震。 あの時の津波は東南アジアだけでなくソマリアも襲ったのです。 それが海底の廃棄物を全部ソマリア海岸に打ち上げた。 それが証拠になりました。 中には縦2×横10メートルちかい「ゴミ」まで。それも一カ所ではなく、海岸線全域ですよ。私はその写真を撮り、日本のテレビ番組に提供しました。


言うまでもなくそれほどのパワーの津波ですから、海岸沿いの漁村は、家も漁具も船も全部破壊されました。 難を逃れた漁師たちは家がない、船もない、食べ物も無い、何もない。翌朝起きたら、海岸線には有害な廃棄物が打ち上げられ、沖に外国の船がたくさんいる。


その時ですね、本当にソマリアの漁民たちみんなが頭にきたのは。 とにかくソマリアの海の中に外国船が入ったらアタックしよう、国を守るのだ、と。 それから「海賊」はエスカレイトしましたね。

  • 「海賊」といったらみんな、日本や韓国、中国だと思う。

ところでソマリアで「海賊」といったら、みんな自分のことだとは思いません。 逆です。 みんなは中国、韓国や日本の船を「海賊」だと思っています。だから現地でインタビューをとるとき、漁師に話したんです。 「あなたは「海賊」って言われてるけどどう思う?」って。 そしたら彼はこう言いました。 「私がヨーロッパやイタリア、日本までいって、魚を密漁したら、「海賊」って言ってもOK。でも私はソマリアの海にいるんですよ」


「日本はそんな海賊呼ばわりされるような、非合法なことはやっていない」そう反論されるかもしれない。 しかし私自身、こんな経験があります。 実はソマリア津波で大変だった2005年頃、私はソマリアの水産資源を売り込むマーケティングダイレクターをやってました。 日本の築地は世界一の魚市場です。ソマリアの漁業育成のため、ソマリアの魚を売り込みたかった。また関連事業への日本の投資も期待しました。


ところがあきらめました。どこへ行っても「(タダで捕れるのに)なぜ買わねばならないの」という感じでしたから。大きな水産会社を三つほど回りましたが「うちの船も、もう(ソマリアに)いるよ」とか、「俺たちでなきゃ、台湾の船がやるよ」とさえ言われました。 ソマリアで密猟された魚は日本にかなり入ってきていると思います。

  • 日本に望むこと

いくつもの大国がこぞってソマリアに軍を出すのは、「海賊」対処だけが理由ではないでしょう。 ソマリア近辺には石油が多く眠る地域もあります。 またイエメンとソマリアの間の海は、ヨーロッパとアジアのきわめて重要な航路。 非常に戦略的に重要な地域ですから、みんな支配したいのでしょう。魚より、廃棄物より、「海賊」より、もっと深い、一般の人々が知らない理由があるはずです。 深刻な問題です。


 日本の憲法前文には、「世界の大変な国を助けてあげないといけない」という意味のことが書かれているはずです。今、世界で最も危機に陥っている国の一つが、ソマリアです。 それを救う責任が日本にはあるのでは、ないでしょうか?


そのための私から二つの提案があります。
 
一つ。 まず違法な外国船による密漁・乱獲をやめさせること、そして有害な廃棄物投棄をやめさせることです。 これはそんなに難しくないことでしょう。 これで「海賊」行為はストップします。

二つ。各国がソマリアに軍隊を派遣していますが、それに使う膨大なお金をソマリアが自らの力で沿岸警備隊を創れるための支援に使うべきだと思います。 今回、日本も自衛隊を派遣しましたが、年のコストはおそらく1億ドル程度にはなるでしょう。 アメリカからNATOからスウェーデンまで…。 各国の軍隊派遣の費用を考えたらものすごい金額になります。 しかしそんなにお金を費やしても、軍隊を送るだけでは「海賊」は止められないでしょう。  自衛隊は現在ジブチにいますが、駐留の見返りに莫大なお金をそこに支払いましたね。 ソマリアの真の平和のために、役立つようなお金の使い方を考えて欲しいと思います。


ウィキペディアによると、ソマリア沖やアデン湾にて海賊行為が頻発し始めたのは2007年頃。 日本では、2009年6月19日に海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律(海賊対処法)が成立。 自衛隊の活動期限は今年7月23日までとなっていたが、海賊事件が未だ収束していないことを受け、活動を1年間延長することが閣議決定された。


私もソマリアの海から強奪してきた魚を食べてきたのだろう。 今、ソマリアで死にかかっている人達を「かわいそうに」という資格はない。