「肥満と飢餓−世界フード・ビジネスの不幸のシステム」 ラジ・パテル著 その3

肥満と飢餓――世界フード・ビジネスの不幸のシステム
ラジ・パテル
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「肥満と飢餓−世界フード・ビジネスの不幸のシステム」 ラジ・パテル著 その1

「肥満と飢餓−世界フード・ビジネスの不幸のシステム」 ラジ・パテル著 その2

  • 第3章 世界フードシステムの歴史

近代のフードシステムの歴史は、ヨーロッパ、なかでも英国に起源を持つ。 過去2000年の間に反映し衰退した巨大な貿易大国は、中東や極東にも存在したが、世界初の地球規模の食料貿易ネットワークは、それよりも後に、英国と英植民地との間に築かれた植民地貿易のネットワークだった。


英国の植民地進出は、国内の変化、なかでも英国の地方の変化が促したものだった。 英国に地方部では、15世紀より、「囲い込み(エンクロージャー)」、すなわち富裕層の土地に対する貧しい人々の共同管理権が、今で言う「私的財産権」に転換されるプロセスが進行していた。 地方の貧困層は共有地へのアクセスを失い、労働力を売るしかなくなった。 これは、社会に大きな影響を与えた経済革命だった。 土地を持たない人々には、ほとんど選択肢がなかった。 土地に対する対する伝統的なアクセス権を失った「自由な」土地なし貧困層は、仕事を求めて都市に移動した。 地方に残った人々も、日中は賃労働を行い、残った時間で家族のための食料を生産するようになた。 他方で、土地の所有者たちは、封建制度から資本主義経済への転換による効率化がもたらした利潤によって、海外で生産された食料に対する需要を膨らませていった。 


高級食材が次々に英国にもたらされるようになった1733年、18世紀のベジタリアン唱道者であるジョージ・チェインは、裕福がもたらす病気の増加を嘆き、これを「英国病」と名付けた。


だが、食料の国際貿易は、富裕層に病気だけでなく、贅肉ももたらした。 食料貿易ネットワークが拡大し、18世紀から19世紀にかけて産業革命と社会革命が起きるなか、農業貿易が世界全体を大きく変質させた。 200年後の私たちの飲食の実体は、国際貿易が世界に与えた大きな影響を抜きには語れない。

この章では英国での紅茶の消費についても紹介されているが、茶葉も砂糖もアジア以外の地域に広まったのは、200年ほど前であり、国際的には比較的新しい飲み物なのだ。 イギリスでは皆が昔から紅茶を飲んでいるように思っていたが、1600年代以前の英国には茶葉も砂糖も存在しなかった。


食料政策の大家、シドニー・ミンツ著の「Sweetness and Power(甘みと権力)」によると、起源1000年に、ショ糖あるいはきび砂糖の存在を知るヨーロッパ人は殆どいなかったが、その後すぐに彼らはこれらを知り、英国では1650年には貴族と富裕層の間で砂糖の摂取が日常化し、薬としても使用され、上流階級を象徴する品物の1つとなった。 1800年までには、砂糖は高価かつ希少であったにもかかわらず、すべての英国人の必需品となり、1900年になると、英国人が摂取するカロリーの5分の1弱が砂糖から摂取されるようになった、とある。

茶葉と砂糖の生産には、工業的な農業の最も残酷な発明であるプランテーション栽培が必要とされた。 先進的かつ恒久的なモノカルチャー(単一作物栽培)という農業技術は、土壌を耕し、サトウキビを刈り取り、茶葉を摘む、南側諸国の使い捨て可能な労働者の絶え間ない供給という社会的技術をともなっていた。 200年間に及ぶ奴隷時代の幕開けは、バルバドス島(西インド諸島小アンティル諸島東端の島)でサトウキビ生産をするために1000人の奴隷が売買されたという、1645年の記録にまでさかのぼる。 砂糖産業が儲かる産業であったことと、人命の価格が非常に低かったことが、その後もたくさんの奴隷を生み出し、18か月後には奴隷たちによるストライキを発生させた。 


英国で飲まれる紅茶の茶葉も、大英帝国の海外領で生産された。 インドや中国では、英国政府と東インド会社が強引に広げた国際貿易ネットワークに組み込まれた。 この貿易体制が紅茶の消費を拡大させ、わずか200年の間に紅茶を英国の国民的飲料ならしめた。 19世紀末には紅茶が労働者階級の食生活で重要な地位を占めるようになっており、特に女性が好んで飲用していた。 牛乳と砂糖を入れた紅茶は飲んだ人に即座にカフェインと炭水化物を供給するので、手仕事を行う人々の活力とカロリー源に持ってこいだったのだ。 


当時の批評家、C.W. デンヤーの文章には、「工場で働く女たちは、ティーポットを一日中、暖炉のそばにおいており、一人が日に5回か6回も(紅茶販売店で)紅茶1ペニー分と砂糖1ペニー分を買い求めることも珍しくない。 紅茶の飲みすぎは神経系と消化系に非常に良くないということは、これまでの臨床例からも明らかなのだが、女たちは最も濃いインド紅茶を飲みたがる。」とある。 カフェインも精製された砂糖も依存性を生むのだろう。 

カロリー源としての紅茶消費によって、ロンドンの都市労働者が食い物にされていた事実は、フードシステムのもう一方の端で、一日の労働をやり遂げるためのカロリーをサトウキビを齧ることで得ていたカリブ諸国の奴隷たちの現実と酷似していたと言える。

 

19世紀の奴隷と現在の農業従事者はすっかり変わっただろうか。 借金で縛られ、自死するしかないところまで追い込まれる生活はある意味、奴隷と言えるのではないか。 その犠牲の下でできた作物を私は食べているのだ。 たとえ自分が食べていなくても流通している事実を黙ってみていれば支えているのと変わらない。


この章では、英国での「コーン法」や抑圧された労働者たちが蜂起した歴史(ハイチでの独立運動など)、「緑の革命」、WTO誕生の背景なども書かれている。